第6章 トランジスタも“立体”になった ―「2ナノ」は線幅じゃない
ここまでは、おもに「設計(言葉)」の話でした。この章では、チップの“体”そのもの――第1章で見た、あの小さなスイッチ(トランジスタ)――に目を向けます。じつはこの数年、トランジスタは平面から立体へと、姿を大きく変えました。そして、ニュースでおなじみの「2ナノ(2nm)」という数字は、もう昔のような“細さ”を意味していません。素人がいちばんだまされやすいポイントを、すっきり種明かしします。
6.1 「2ナノ」って、何が2ナノなの?
「最新は2ナノ(2nm)のチップだ」とニュースが言う。多くの人は、こう受け取ります。「回路の線が、2ナノメートルの細さまで細くなったんだな」と。ナノメートルは10億分の1メートル。気の遠くなる細さです。――ところが、これは正確には間違い。いまの「2ナノ」は、もう線の幅を指していないのです。「えっ、じゃあ何の数字?」。その謎を解くために、少しだけ歴史をさかのぼります。
6.2 むかしは、数字=本当の細さだった
チップ作りの歴史は、長らく「とにかく細く、小さく」の一本道でした。回路の線を細くすれば、同じ面積にたくさんのスイッチが詰め込めて、速く・省エネになる。この「どんどん詰め込めていく」流れが、半導体の進歩を支えてきました(よく聞く「ムーアの法則」とは、ざっくりこの“詰め込みの勢い”のことです)。
そしてかつては、ノードの数字(◯◯ナノ)が、実際の寸法とだいたい対応していました。たとえば一昔前の「32ナノ」あたりまでは、その数字が回路の細さの目安として、ほぼ実態を表していたのです。だから当時は「数字が小さい=本当に細い=すごい」で、おおむね正しかった。問題は、ここから先で起きます。
6.3 平面では限界が来た ― だからトランジスタが「立ち上がった」
細さの追求がある線を越えると、困ったことが起きました。スイッチが、ちゃんと「オフ」にならなくなってきたのです。あまりに小さくすると、切ったはずの電気が、わずかに漏れてしまう。漏れは熱とムダな電力を生み、性能の足を引っぱります。平らな(プレーナ型)トランジスタは、ここで限界にぶつかりました。
そこで技術者たちは、発想を変えます。「平面でダメなら、立体にすればいい」。2010年代の初め、トランジスタの通り道(チャネル)を、ヒレ(fin)のように縦に立ち上げた新構造が登場しました。これがFinFET(フィンフェット)。立ち上がったヒレを、スイッチの“門”が三方から囲むことで、電気の漏れをぐっと抑え込めるようになりました。トランジスタが、平面から立体になった最初の一歩です。
たとえるなら、土手(どて)を高くするイメージ。 平らな田んぼだと水がにじみ出てしまう。そこで、あぜ道を立体的な土手にして三方から締めれば、水(電気)の漏れをしっかり止められる。FinFETは、トランジスタに“立体の土手”を与えたようなものなのです。
6.4 さらに進化 ― 板を積み重ねる「GAA/ナノシート」
ところが、さらに細くしていくと、その「三方から囲む」FinFETでも、また漏れを抑えきれなくなってきました。そこで登場したのが、いまの2ナノ世代の主役――GAA(ゲート・オール・アラウンド)、別名ナノシートです。名前は難しそうですが、考え方は明快。薄い板(シート)を何枚か積み重ね、その一枚いちまいを、スイッチの“門”が全周(四方ぐるり)から囲むのです。
三方(FinFET)から、四方ぐるり(GAA)へ。囲みが完璧になるほど、電気の制御は効き、漏れは抑えられます。これは10年以上ぶりの、トランジスタ構造の大転換とされています。各社が呼び名を競っていて、TSMCは「ナノシート」、サムスンは「MBCFET」、インテルは「RibbonFET(リボンフェット)」と名づけていますが、中身の発想は共通です。
トランジスタの“立体化”三段跳び(漏れを抑えるための進化)
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① 平面(プレーナ) 門が 上から だけ … 細くすると漏れる(限界)
↓
② FinFET(ヒレ) 門が 三方から 囲む … 2010年代から。最初の立体化
↓
③ GAA/ナノシート 門が 四方ぐるり 囲む … 2ナノ世代。板を積み重ねる
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囲みを増やすほど、スイッチの「切れ」が良くなり、漏れが減る。
6.5 だから「2ナノ」は、もう線幅じゃない
ここで、最初の謎に戻ります。トランジスタが平面→立体→積み重ねとまるごと作りを変えてしまったので、「線の幅」という一本の物差しでは、もう世代を測れなくなりました。その結果――いまの「2ナノ」は、特定の寸法(線の幅)を指す言葉ではなく、“この世代の技術”を表すブランド名・世代名になっているのです。
・むかし(32ナノ頃まで):数字 ≒ 実際の細さ。そこそこ正直な数字だった。
・いま(2ナノ世代):数字は世代の呼び名(ブランド)。実際の細かい寸法は、数字よりずっと大きい(おおむね10ナノ前後とされる部分もある)。
・つまり、「2ナノ」を「2ナノの線を引いている」と読むのは誤解。「最新世代のGAA技術ですよ」という看板だと思うのが正解。
数字が小さくなる原動力も、変わりました。かつての「線を細くする」一本やりから、構造を立体に作り替える・賢く詰め込む方向へと、勝負どころが移ったのです。だから「3ナノの次は2ナノ、その次は…」という数字の行進は、“細さ”の記録というより、“世代”のカウントとして眺めるのが、いちばん実態に近い見方になります。
6.6 立体化は、まだ止まらない
トランジスタの立体化は、ここで終わりません。次は、2種類のトランジスタを上下に積み重ねる(CFET)、電気をチップの裏側から配る(裏面給電)といった、さらなる三次元化が控えています。さらに、トランジスタの段だけでなく、チップそのものを何枚も積み上げる(3D積層)や、役割の違う小さなチップを組み合わせる「チップレット」という作り方も広がっています。「平らな板に敷き詰める」時代から、「上へ、立体に組み上げる」時代へ。チップは、文字どおり立体建築になりつつあるのです。
6.7 この章のまとめと、次への橋
- トランジスタは立体化した。 平面 → ヒレ(FinFET)→ 板の積み重ね(GAA/ナノシート)。門で囲むほど、漏れを抑えられる。
- 「2ナノ」はもう線幅ではない。 いまや“世代を表すブランド名”。実寸はもっと大きい。数字は「最新世代の看板」と読む。
- 立体化は続く。 トランジスタを積む、裏から給電する、チップごと積み上げる――チップは立体建築へ。
ここまでは、トランジスタという“体”をどんな形に作るかの話でした。でも、その精密な形を、そもそも「どうやってシリコンに描き込んでいるのか」。じつは、その「描き方」にも、いま革命が起きています。従来は「ハンコ(原版)」を彫ることから始める作り方が当たり前でしたが、その関所を外す“マスクレス”という研究が進んでいるのです。次の第7章は、つくり方そのものの革命――設計の民主化と対になる、製造側の地殻変動です。