シャトル便で、みんなは何を作っているのか
過去3年・19シャトル・3,625設計を数えました
オープンソースのEDAツールと、ウェハの相乗りによって、個人が数万円で自分のチップを作れるようになりました。Tiny Tapeoutが始まって4年になります。では実際のところ、どんなものが提出されているのでしょうか。公開されているデータをもとに、過去3年分を数えてみました。
この調査の方法
- 対象 2023年9月8日から2026年7月7日までに募集を締め切った19シャトル、計3,625設計
- データ元 Tiny Tapeoutが公開しているインデックス(GitHub: TinyTapeout/tinytapeout-index)
- 分析項目 設計数、投稿者、設計サイズ、アナログ回路の有無、プロセス、ジャンル
- 分類の扱い サイズ・投稿者・アナログの有無・プロセスは、インデックスに記録された値をそのまま集計しています。ジャンルだけは、タイトルと説明文に含まれる語による分類です。基準は末尾に掲げます
締切日が公表されていないシャトル(Cadence 25aの257設計など)は集計から除いています。また公表表と件数が一致しないシャトルがあり(TTIHP25aは公表表547件、インデックス564件)、本稿はインデックスの値を用いました。
その前に Tiny Tapeoutは、どういう仕組みなのか
数字に入る前に、この仕組み自体を押さえておきます。ここを取り違えると、あとの話が読めなくなります。
Tiny Tapeoutは、英国のMatt Venn氏が2022年に始めました。同氏が開いていた「Zero to ASIC Course」という設計講座から派生したものです。
相乗りウェハ(MPW)とは。 チップは、直径30センチほどのシリコンの円盤(ウェハ)にまとめて作られます。一種類のチップのために円盤を一枚まるごと使うと、数千万円かかります。そこで複数の人の設計を一枚に相乗りさせ、費用を分け合うのが相乗りウェハです。英語でMulti-Project Wafer、略してMPWと呼ばれます。世界中の大学が昔から使ってきた方法です。
Tiny Tapeoutは、この相乗りをもう一段細かくしました。相乗りウェハの枠をひとつ買い、そのなかをさらに「タイル」という小区画に切って、何百人かに売るのです。もともと1万ドルの枠を300人で分ければ、一人あたりは数十ドルで済みます。
ここが大事な点です。Tiny Tapeoutは、始まったときから有料の仕組みです。 のちに出てくるGoogleが費用を負担した無償プログラムとは、別のものです。参加者が払うお金で運営費を賄う設計になっています。
参加費は、こう動いてきました
2023年のTiny Tapeout 3では、設計データの提出のみが25ドル、チップとデモ基板を受け取る場合が100ドルでした。
その後、製造を請け負っていたEfablessから調達できるチップの数が、同じ枠の代金で300個から100個へ減ります。パッケージ(チップを包む黒い部品)の種類が変わったためです。Tiny Tapeoutは参加者一人に一個ずつチップを配るので、必要な数はそのままです。同じ数をそろえるのに、以前の3倍の枠を買うことになりました。
2024年のTiny Tapeout 6で、参加費が改定されます。個人の先着100名は1タイル・チップ・デモ基板込みで150ドル、それ以降と企業・大学は300ドル。追加のタイルは1枚50ドル。アナログ用の入出力ピンは1本40ドルからで、2タイル以上が必要です。
値上げのあとも、シャトルは埋まり続けています。本記事が対象とする期間でも、TTSKY25bが316設計、TTSKY26aが289設計、TTSKY26bが273設計です。なお、パッケージの選択肢が変わった理由は公表されていません。
入口にWokwiがあります
もうひとつ、参加のしやすさを決めている要素があります。Wokwiという、ブラウザ上で回路を組んでシミュレーションできるツールが、提出の入口として用意されていることです。もともとArduino向けだったものを、Matt Venn氏とUri Shaked氏が論理設計用に仕立て直しました。ハードウェア記述言語を書かなくても、ブラウザで論理ゲートをつなぐだけで提出できます。このあと見る「習作」の多さは、この入口の設計と無関係ではありません。
そして、シャトルの性格が一様ではありません
数字を並べる前に、ひとつお断りしておく必要があります。Tiny Tapeoutのシャトルは、すべてが同じ条件ではありません。少なくとも次の三点で違いがあります。
| 違うところ | 内容 |
|---|---|
| 本番便と試験便 | 末尾が 0p2、0p3、0p4 のものは試験シャトルです。新しいプロセスへの対応を確かめるための便で、参加者が少なく、チップが配布されない場合もあります。本記事のグラフでは薄い色で示しています |
| プロセス | SkyWater 130nm、IHP 130nm、GlobalFoundries 180nm の三系統があり、対応している機能も価格も異なります |
| アナログの可否 | アナログ回路を出せるかどうかは、シャトルごとに違います。しかもアナログ設計は最小の1タイルでは提出できず、1×2または2×2からとされています |
出典:tinytapeout.com の各シャトル頁および Analog Specs。
したがって、19シャトルを完全に同列で比べることはできません。 本記事では、比較できる項目(設計数、投稿者、サイズ、アナログの有無)に限って並べ、試験便は色で区別しています。「シャトルの規模が違うのは、条件が違うから」という部分が相当にあることを、読み進める際に頭の隅へ置いてください。
1 シャトルの規模と、2025年の断絶
3年間に締め切られた19シャトルの設計数を、締切順に並べてみます。すると、二つの断絶が見えてきます。
SkyWater 130nmIHP 130nmGlobalFoundries 180nm ※薄い色は試験シャトル
ひとつめは、2024年11月のTT09(369設計)の直後です。次に予定されていたTT10は、募集開始の翌日に中止となりました。製造を担っていた米Efablessが、2025年3月に事業を停止したためです。
ふたつめは、その4か月後のTTIHP25a(564設計)です。3年間で最大のシャトルになりました。これは行き場を失った設計を、ドイツIHPのプロセスへ載せ替えた救済便でした。
そして2026年に入ると、青・橙・緑が交互に並びます。三つのプロセスが並走している状態です。
2 提出者は、ほぼ全員が「一回きり」です
投稿者名を数えてみると、どのシャトルでも、投稿者の85〜97パーセントが1設計しか出していません。
この比率は、3年間ほとんど動きません。シャトルの規模が3倍に増えても、参加者の顔ぶれが入れ替わり続けている構図は変わりませんでした。直近のTTSKY25bでは、316設計に対して投稿者は293人。うち97パーセントが1設計のみです。複数を提出している少数の中には、Tiny Tapeoutの運営に関わる人物が含まれており、最多で8件でした。
3 大きさは、ほとんどが最小の1タイルです
Tiny Tapeoutは、チップ上の面積を「タイル」という単位で販売しています。1×1が最小です。
1タイルの大きさは、およそ0.16ミリ×0.1ミリです。 シャトルによって多少異なりますが、SkyWater 130nmではおおむね160マイクロメートル×100〜112マイクロメートル。髪の毛の太さが約80マイクロメートルですから、髪の毛2本分×1本強、といったところです。ここに標準セルが1000個ほど載ります。TT08のときは、この1タイルが50ドルでした。
比率は43〜86パーセントの幅で上下しています。設計数が多いシャトルほど1×1の比率が高い傾向があります。TT09(369設計)で86パーセント、TTSKY25b(316設計)で84パーセントでした。一方、参加者の少ない試験シャトルでは低くなります。TTGF0p3では9パーセントで、平均面積は3.59タイルでした。
4 何を作っているのでしょうか
直近のフルシャトルであるTTSKY25b(316設計)について、ジャンルの構成を数えました。
「習作・基礎練習」が54パーセントを占めます。テンプレートを複製したもの、論理ゲートやカウンタや7セグメント表示だけのもの、といった演習作品です。これらの多くは、オーストリアの工業高校、ヨハネス・ケプラー大学、トロント大学のハッカソン、Hackaday Superconといったワークショップの参加者によるものでした。
実際に多いのは、こういうものです
ジャンルの箱よりも、具体的に何が多いのかを見たほうが像が結びます。316件のタイトルと説明文から、次の語を含む設計を数えました。
| 作られているもの | 件数 | どんな回路か |
|---|---|---|
| 論理ゲート | 54 | AND・OR・XORなどを並べたもの。最も多い |
| 7セグメント表示 | 25 | 数字を表示する、あの8の字の表示器を光らせる回路 |
| 時計・タイマー | 25 | 秒を数える、時刻を表示する |
| カウンタ | 19 | 0から順に数える回路。デジタル設計の基本中の基本 |
| ゲーム | 15 | 三目並べ、2048、マスターマインド、ポンなど |
| VGA映像出力 | 14 | ディスプレイに直接映像を出す。人気の題材 |
| 2進数の変換・表示 | 13 | 2進数を10進数に直す、といった変換回路 |
| 音源・シンセサイザ | 11 | 往年の音源チップの再現、MIDI音源、リズムマシン |
| フリップフロップ | 11 | 1ビットを記憶する素子。演習の定番 |
| PWM | 10 | LEDの明るさやモーターの速さを変える信号を作る |
| 暗号・ハッシュ | 10 | ハッシュ関数、認証回路、乱数生成 |
| リングオシレータ | 9 | アナログ寄りの題材。プロセスの特性測定にも使われる |
一つの設計が複数の項目に該当することがあるため、合計は316件を超えます。
上位に並ぶのは、論理ゲート、7セグメント表示、カウンタ、フリップフロップ、加算器です。デジタル回路の教科書の最初の数章に出てくるものが、そのままシリコンになっています。
その一方で、同じ316件のなかには、RISC-Vコアを載せてLinuxを起動させるSoC、8ビットSAR型のADC、オンチップのバンドギャップ基準電圧源、往年の音源チップAY-3-8913とYM2413の再実装、テレビの電源を消す装置のASIC化、そしてレイアウトそのものを作品にした版画のような設計が含まれています。教科書の練習問題と、本職の設計者の仕事が、同じウェハの上に並んでいます。
なお、CPU・プロセッサは22件、7.0パーセントでした。3年間の全体では9.0パーセントです。自作CPUはこの分野の象徴として語られることが多いのですが、提出物としては少数派にとどまっています。
5 アナログを出せるかどうかは、シャトル側の対応で決まります
アナログ回路を含む設計が、シャトルごとにどれだけあったかを見てみます。
SkyWaterIHPGlobalFoundries
この図で分かるのは、アナログ設計者が増えたり減ったりしている、という話ではありません。線が上下しているのは、そのシャトルがアナログを受け付けていたかどうかを反映しているからです。
- SkyWater 130nm TT06(2024年4月締切)で初めて23件のアナログ設計が登場しました。それ以前はゼロです。以後は4〜21パーセントで推移しています
- IHP 130nm 3年間で4件だけ。ほぼゼロの状態が続いています
- GlobalFoundries 180nm 2026年7月締切の試験シャトルTTGF0p3で、32設計のうち16件、50パーセントがアナログでした。アナログ対応を確かめるための試験便だったためです
つまりこの図は、アナログ設計者の人数ではなく、受け入れ枠がいつ、どのプロセスで開いたかを示しています。加えて、アナログ設計は最小の1タイルでは提出できず1×2からとなるため、費用が最低でも倍になります。この制約も、比率が伸びにくい理由のひとつと考えられます。
6 2025年3月、何が起きたのか
ここで、図1に空いた「中止」の欄の背景を見ておきます。
Tiny Tapeoutの下には、別の仕組みがありました
Tiny Tapeoutは有料の仕組みですが、その下で実際に製造を引き受けていたのは、米Efablessという会社の「chipIgnite」というサービスでした。Tiny Tapeoutはこのスロットを買い、細かく割って参加者に売っていたわけです。つまりTiny Tapeoutは、Efablessという土台の上に乗っていました。
そのEfablessは、2014年に設立された米国パロアルトの企業です。設計者と製造工場のあいだに立ち、少量の注文をまとめて相乗りウェハに載せる、という事業を手がけていました。
そもそもの始まりは、Googleが出資した無償プログラムでした
話は2020年にさかのぼります。当時Googleに在籍していたTim Ansell氏が、オープンソース陣営の会議でSkyWater Technologyの130nmプロセスのPDKを公開すると発表しました。
PDKとは。 プロセス・デザイン・キット(Process Design Kit)の略で、ある工場のある製造工程で回路を設計するために必要なデータ一式です。トランジスタの特性、描いてよい図形の寸法規則、検証用のルールなどが入っています。これは通常、秘密保持契約を結ばなければ入手できないものでした。工場の内部情報そのものだからです。それを誰でもダウンロードできる形で公開したのが、このときの発表でした。
PDKの公開と同時に、それを使って作った設計を無償で製造する枠組みも用意されました。「Open MPWシャトル」です。SkyWaterが工場とPDKを、Efablessが応募と設計の窓口を、Googleが製造費を負担しました。のちにLinux FoundationのCHIPS Allianceが運営に加わり、GlobalFoundriesも180nmのPDKを公開して参加しています。一社の事業ではなく、複数の組織が役割を分担する取り組みでした。
2022年半ばまでに6回のシャトルが走り、364件の応募から240件が製造されています。応募の約6割は集積回路の専門家ではない人たちからでした。この時期に、オープンなPDK、無償の製造機会、そしてEfablessが開発した設計自動化ツール群「OpenLane」という、いまも使われている土台がそろいます。回路の動作を記述した文章から、工場へ渡す図面データまでを、一続きに変換してくれるものです。
Tiny Tapeoutが2022年に始まったのは、この土台ができた直後でした。ただしTiny Tapeoutは無償プログラムの一部ではなく、同じEfablessの仕組みを使う、独立した有料サービスとして始まっています。
無償プログラムは、どこで終わったのか
ここは、公表されている事実だけを慎重に並べます。
2023年11月、GoogleはSKY130とGF180MCUのPDKを、Linux FoundationのCHIPS Allianceへ移管すると発表しました。理由として挙げられたのは、産業界・学術界・コミュニティがより広く参加できる運営体制へ移行し、複数の出資者による、より大きなシャトル計画の可能性を開くため、というものです。同時に「低コストの製造手段は、EfablessのchipIgniteやTiny Tapeoutを通じて引き続き利用できる」とも述べています。この発表のなかで、GF180向けのMPW-1(2023年12月11日締切)が案内されました。
この発表は、PDKの管理主体を移すというものであって、無償シャトルの終了を宣言したものではありません。 「撤退」という言葉も使われていません。ただし、事実として、このGF180 MPW-1以降、Googleが費用を負担する新たな無償シャトルは公表されていません。無償の製造機会は、この時点で事実上とぎれた、というのが本稿で確認できた範囲です。財務上の理由が語られたことはなく、無償シャトルにいくらかかっていたのかも公表されていません。
なお、このPDK公開を進めたTim Ansell氏は、のちにGoogleを離れます。同氏は取材に応じ、GlobalFoundriesにも同等の無償プログラムを働きかけ続けたが実現しなかった、と述べています。同氏が立ち上げたwafer.spaceは、後述するように、いまTiny Tapeoutの製造経路のひとつになっています。
Efablessの資金が続かなくなりました
無償プログラムが途切れたあと、Efablessは有償のchipIgniteに軸足を置くことになります。1件9,750ドルから。2024年にはエッジAI向けのchipIgnite ML、アナログ回路の設計を競うChipaloozaといった取り組みも続けました。
2025年1月、同社CEOのMike Wishart氏は年頭のブログで、50以上の学術機関が同社を利用し、創業以来80件の商用設計が製造まで到達したと述べ、明るい見通しを語っています。
その1か月半後、2025年3月1日の週末に、事業停止が発表されました。
何が報じられたか
報道は、発表の翌日から翌々日に集中しています。時系列に並べます。
| 日付・媒体 | 報じた内容 |
|---|---|
| 3月2日 eeNews Europe | パロアルト拠点の同社が数か月にわたり資金調達に苦しんでいたと伝え、CEOのMike Wishart氏の発言を引用。最善を尽くしたが最新の調達を完了できず、追って通知があるまで事業を停止する、というもの |
| 3月2日 Tom's Hardware | 同社が「資金面の問題」を掲げたこと、TT08とTT09が宙に浮いたことを報道。同社が戻ってくるかどうかは分からない、と記す |
| 3月3日 Hackster.io | 閉鎖の1か月足らず前にWishart氏が「明るい未来」を語っていたことを指摘。そのうえで、当てにしていた助成金が実現しなかったと複数の情報筋が示唆していると伝えた。ただし「情報筋」であり、確認された事実としては書かれていない |
| 同時期 SemiWiki | Wishart氏がコミュニティ宛に出した文面を掲載。同社の柱を「コミュニティ、リスクと報酬を分け合う事業のかたち、オープンソース」と述べ、GlobalFoundries、SkyWater、Synopsys、Google、XFAB、米空軍研究所、Armなどへ謝辞を並べた。財務についての説明はない |
| 3月13日 TechFactory(ITmedia) | 大原雄介氏による分析記事。オープンソースの成果に対して対価が戻りにくい構造を原因として挙げた。当事者への取材ではなく、公開情報からの推論 |
このほか、業界系の媒体には、半導体業界の競争激化とコスト上昇のなかで収益性を確保できなかったとする整理もあるが、根拠となる財務データは示されていない。
そして、続報がありません
破綻から1年5か月が経ちますが、原因を当事者に取材して掘り下げた報道は見当たりません。上の記事はいずれも、同社の声明を引いたものです。助成金が何だったのか、なぜ調達が止まったのか、財務の実態がどうだったのかは、報じられていません。
理由は推測になりますが、二つ考えられます。ひとつは、この分野を継続的に取材する記者が少ないこと。オープンソース半導体は、半導体業界の専門メディアから見れば規模が小さく、ホビイスト向けメディアには製品発表以外を扱う枠がありません。もうひとつは、倒産した非公開企業には取材の入口が残らないことです。広報がいなくなり、経営陣は語らない。声明が最後の一次情報になります。
Efablessは2014年の創業以来、投資家からの出資で運営されてきました。11年間の累計調達額は1380万ドル。直近は2023年10月に、GlobalFoundriesやSynopsysなどから630万ドルを集めています。その約1年半後、次の出資を集めることができず、事業を止めました。
黒字だったのか赤字だったのかは、外からは確認できません。 Efablessは株式を公開していない企業で、決算を開示する義務がありません。破綻の原因についての見方は媒体によって分かれていますが、いずれも同社の財務データに基づくものではない、というのが本稿で確認できた範囲です。
影響
TT08の135設計はパッケージ待ちの状態で、TT09の369設計はSkyWaterの工場の中にありました。TT10は中止となり、合わせて約500設計が宙に浮きます。Tiny Tapeoutの創設者は返金を表明しました。
結果として、TT08は2025年12月に出荷されました。TT09は本稿の執筆時点で、出荷時期が未定のままです。
7 欧州では、30年続いている仕組みがあります
ここまでは米国での出来事です。ところが欧州には、これとは成り立ちの違う仕組みが、はるかに長く存在しています。
EUROPRACTICEです。1995年に始まり、いまも毎年600を超える欧州の大学・研究機関が利用しています。相乗りウェハによる製造、設計ツールへの安価な利用、そして訓練を提供する枠組みで、90を超えるプロセス技術を扱っています。2026年2月には、imecを代表とする5機関の連合がChips JU(EUの官民パートナーシップ)から2028年9月までの資金を確保したと発表しました。年間650人以上の訓練も掲げています。
Tiny TapeoutのIHPシャトルも、この文脈の中にあります。プロセスをIHPのPDKへ移植する作業はスイスのSwissChips構想が資金を出し、ウェハの製造費はドイツ連邦教育研究省(BMBF)のプロジェクトが負担しました。2026年3月締切のTTIHP26aでは、SwissChipsがシャトル全体を後援し、スイス在住者は費用ゼロで提出できるとしています。
| 米国で起きたこと | 欧州の仕組み | |
|---|---|---|
| 担い手 | ベンチャー企業(Efabless)+大手企業の資金提供 | 公的資金(EU Chips JU、独BMBF、スイスSwissChips)+研究機関 |
| 期間 | 無償期は2020年〜2023年の約3年 | EUROPRACTICE は1995年から30年 |
| 止まったとき | 2025年3月に事業停止、約500設計が宙に浮く | 2026年2月に2028年までの資金を確保 |
| 対象 | 誰でも(オープンソース公開が条件) | 原則として欧州の大学・研究機関(在住者向けの無償枠もあり) |
それぞれ設計思想も対象も異なるため、優劣を比べるものではありません。
この対比から読み取れることは、読む人によって違うだろうと思います。ただ、事実として言えるのは、相乗りシャトルという仕組みが、どこかから資金が入ることを前提に成り立ってきたということです。米国では企業の資金がそれを担い、欧州では公的資金がそれを担っている。そして前者は3年で止まり、後者は30年続いています。
8 空白は、一年半で埋まりました
Efablessの創業者だった2名が、ChipFoundry.ioを立ち上げました。SkyWater 130nmへの経路が復活します。価格は100個で1万ドルから1万5千ドルへ上がり、充填率が5割を切ればシャトルを延期する権利を留保する、という条件が付きました。
同じ時期に、wafer.spaceが立ち上がり、CadenceもSKY130のシャトルを走らせています。OpenLaneはFOSSi Foundationの管理下でLibreLaneになりました。そしてTiny Tapeoutは、SwissChips構想の一環で以前からIHPと動いていたため、失われた設計の大半をTTIHP25aへ載せ替えることができました。
2026年8月の現在、Tiny Tapeoutは三つの製造経路を並走させています。SkyWater 130nm(ChipFoundry)、IHP 130nm、GlobalFoundries 180nm(wafer.space)です。単一の事業者に依存する構造は、破綻から一年半で解消されました。
付記:この調査の限界と分類基準
ジャンルの分類は、タイトルと説明文を小文字化したうえで、以下の順に語を検索し、最初に該当した区分へ入れています。ひとつの設計は、必ずひとつの区分に入ります。
- 習作・基礎練習 template、test、wokwi、workshop、my first、hackathon といったテンプレート由来・演習由来の語を含むもの。および counter、flip-flop、adder、7-seg、logic gate、led、binary など、単機能の基本回路のみを示すもの
- アナログ・信号処理 インデックスの analog_pins が空でないもの。または analog、adc、dac、opamp、oscillator、pll、bandgap など
- CPU・プロセッサ cpu、processor、risc-v、soc、turing、gpu、instruction set など
- 通信・インタフェース uart、spi、i2c、axi、serial、morse、hamming、encoder、decoder など
- 映像・音響・ゲーム・アート vga、video、game、synth、audio、music、display、clock、generative など
- 暗号・演算 crypt、hash、lfsr、multiplier、fft、filter、pwm、alu など
- メモリ・論理ブロック rom、ram、fsm、state machine、shift register など
- その他 上記のいずれにも該当しないもの
この調査の限界を、三点あげておきます。
- 照合したのは、タイトルと説明文だけです。 各設計のソースコードや回路の中身までは確認していません。作者が付けた名前と短い説明文に、こちらが定めた語が含まれるかどうかで機械的に振り分けています。同じ回路でも名前の付け方によって別の区分に入ることがあります
- 「その他」が残ります。 3年分の全体では20.0パーセントが「その他」でした。初期のシャトルほど独自の命名が多く、分類に掛かりません。直近のTTSKY25bでは5.7パーセントでした
- シャトルの条件が揃っていません。 冒頭に述べたとおり、試験便と本番便、プロセス、アナログ対応の有無が異なります。数字の上下には、参加者の傾向ではなく制度の違いが混ざっています