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この章の学習のねらい
半導体(シリコン)とプリント基板(PCB)の製造コストが、この数十年でどう劇的に下がったのかを歴史的に理解します。「なぜ今、個人がオリジナルのハードウェアを作れる時代になったのか」という、本講義全体を貫く問題意識を持つことがゴールです。技術用語が出てきますが、後の章で必ず実機を使って学び直すので、ここではまず大きな流れを掴んでください。

1. 製造コストの変遷:シリコンとPCBの歴史的対比

かつて、オリジナルの電子回路を物理的に作製しようとすると、開発者は2つの巨大な「壁」に直面していました。1つは、演算能力の核を担う「シリコン(カスタムLSI)の製造コスト」であり、もう1つは、それらの素子を相互に結線する「プリント基板(PCB)の試作コスト」です。

1980年代から2000年代にかけて、大学や研究機関向けに提供されてきた相乗り試作サービス(マルチプロジェクトウェハ:MPW方式)のような仕組みは、1組織あたりのフォトマスク代や製造コストを劇的に下げる試みであり、半導体設計教育に多大な貢献を果たしてきました。しかし、どれほどコストを最適化したとしても、試作には数百万円規模の費用と、デザイン提出(テープアウト)からパッケージされた実ダイが手元に届くまでに、数ヶ月ものリードタイムを要するのが常識でした。

用語:マルチプロジェクトウェハ(MPW/相乗りシャトル)
1枚のシリコンウエハに複数の組織の設計を「相乗り」させて同時に製造し、巨額なフォトマスク代を皆で割り勘する方式です。乗り合いバスをイメージすると分かりやすいでしょう。1組織あたりのコストは下がりますが、「次のバスの発車(シャトル締切)」はたいていは数ヶ月に1度なので、設計に失敗すると次のチャンスは半年後、ということが起こりました。
【従来のハードウェア開発サイクル】
[ 回路・レイアウト設計 (Virtuoso等) ]
       │
       ▼ (数ヶ月に1回のシャトル締切)
[ テープアウト(GDSII提出)] ───> マスク製造・前工程・後工程
       │
       ▼ (3ヶ月~半年)
[ 実チップ到着・検証 ] ───> 修正があれば次回シャトル(半年後)

これに対して、現代のプリント基板(PCB)製造のエコシステムはどうでしょうか。インターネットを経由したファブリケーション(JLCPCBやPCBWayなど)の台頭により、個人がブラウザから数クリックでガーバーデータを入稿すれば、「基板5枚がわずか数百円、最短1週間」で自宅のポストに投函される時代が到来しています。これは単なる『値下がり』ではありません。製造コストの構造が変わり、個人が自分でハードウェアを試作できる範囲が広がってきた、ということを意味しています。

2. 「既製品のバンドル」を解き、ボトムレイヤーを調達する意義

現在の電子工作や小規模なDX(デジタルトランスフォーメーション)の現場では、ArduinoやRaspberry Piといった、すべての部品が実装された既製品の「開発ボード」をそのまま購入し、それらをジャンパ線で繋ぎ合わせる手法(ブレッドボード・トイ)が主流となっています。しかし、このアプローチには以下の問題があります。

本講義が目指すのは、これらのブラックボックス化された既製品のバンドル(抱き合わせ)を解き、最下層の部品(ボトムレイヤー)である「生マイコン(単価数十円)」と「受動部品」、そして「自作基板」を直接組み合わせる、という作り方です。部品構成を自分で決められるぶん、堅牢さ・コスト・入手性を用途に合わせて設計しやすくなります。

💡 思考コラム:LSI設計のDRCと基板設計のDRCは本質的に何が違うのか?

半導体設計(LibreLaneなど)において、Magic等のツールで行うDRC(Design Rule Check)は、数ナノメートル~数百ナノメートルという光の波長以下の世界でシリコンをエッチングするための「物理的な製造限界(パターンの太さ、間隔、重なり)」を検証するものでした。ここでルールを破れば、トランジスタがショートするか断線し、歩留まり(イールド)はゼロになります。

一方、KiCadで行うプリント基板設計のDRCも、本質的な思想は全く同じです。製造ファブ(工場)が指定する「最小配線幅」や「最小クリアランス(配線間の距離)」は、銅箔のエッチング液の回り込みや、ドリルの刃のブレという物理的制約から決定されています。

シリコン設計を経験してきた開発者にとっては、基板設計のDRCは「ミクロン単位の、非常にマージンが広く扱いやすいDRC」に感じられるかもしれません。とはいえ、極小のシリコンダイから、手のひらサイズのPCBへ。扱うスケールは違えど、「設計データから物理的な製造制約(DRC)をパスさせて実物を創り出す」というエンジニアリングの本質は同じです。

3. 本講義のゴール:チップから基板までを繋ぐストーリー

本講義では、単なるKiCadのボタン操作チュートリアルは行いません。1個数十円の格安RISC-Vマイコン「CH32V003」を題材とし、回路の最小化理論、論理接続のERC検証、手はんだを考慮した2012サイズ受動部品の物理配置、そしてボトムレイヤー直接調達の実務までを扱います。

別講座のLibreLaneで学ぶ「シリコンの自作(オープンソースRTLからGDSIIへの合成)」と、本講義で学ぶ「基板の自作(KiCadからガーバー出力、製造発注)」が一本の線に繋がると、アイデアから実機までを自分の手で一通り作れるようになります。その最初の一歩が、この講義です。

受講生への重要メッセージ
各章の解説には、実際の製造ファブの仕様に基づく具体的な数値やコマンドが提示されます。勝手に手順を省略せず、まずはドキュメントの指示通りにパラメータを設定しながら読み進めてください。本講義は「読むだけ」では身につきません。第2章でKiCadを実際にインストールし、手を動かしながら進めることを強くおすすめします。