← 講義ポータルへ戻る
この章の学習のねらい(発展)
1枚を手はんだで完成させた次のステップとして、工場に実装まで任せる「PCBA(実装代行)」による個人量産を学びます。さらに、安価なCH32V003を「サブMCU」として活用する分散システム設計、そして草の根ハードウェアに学ぶボトムレイヤー直接調達の思想まで、地域DXの実装を見据えて展望します。この章は発展的な内容なので、まずは基本形の一枚を完成させたうえで、必要になったときに読み返してください。

9.1 PCBAへの移行:BOMとCPLを出力する

研究室での多数配布や、地域DXで使う端末の製造など、基板が数十枚?数百枚規模の「個人量産」フェーズに移る場合、工場が部品調達からマウンター配置、リフロー(はんだ付け)まですべて代行する PCBA(基板実装代行)サービスを利用します。手はんだの手間から解放され、品質も安定します。

PCBAを入稿するには、第6章のガーバーデータ一式に加えて、工場のチップマウンター(部品を置くロボット)を動かすための2つのファイルが必要です。

  1. BOM(部品表:Bill of Materials): どの部品番号(R1, C1, U1…)に、どの型番の部品を割り当てるかを記したリスト。LCSC等の部品コードを書いておくと、工場での部品取り違えを防げます。
  2. CPL(部品配置位置データ): 各部品の基板上でのX・Y座標、表裏、回転角を記したデータ。KiCadの基板エディタ「ファイル」→「製造用出力」→「コンポーネント配置ファイル(.pos)」から出力できます(CSV形式を選びます)。
本ボードでBOMを作るなら

本ボードは部品が8点と少ないので、BOMもシンプルです。イメージとしては次のような対応になります(部品コードは発注先LCSC等で実際の在庫品番を調べて記入します)。

本ボードのBOM(イメージ)
部品番号値・種別フットプリント部品コード(例)
U1CH32V003F4P6TSSOP-20(LCSC品番を記入)
R11kΩ2012(0805)(同上)
R210kΩ2012(0805)(同上)
C1100nF2012(0805)(同上)
D1LED2012(0805)(同上)
J1, J2, J3ピンヘッダ2.54mm手実装のことが多い

ピンヘッダのような挿入部品(スルーホール)は、PCBAの対象外として自分で後付けする場合もあります。どこまで実装代行するかは、コストと相談して決めます。

手はんだ経験がPCBAでも効いてくる

第7章で一度手はんだを経験しておくと、PCBAで不良が出たとき(部品の向き違い、はんだ不良など)に、自分で原因を特定して手直しできます。「1枚目は手はんだ、量産はPCBA」という二段構えは、単なるコスト最適化ではなく、トラブル対応力を身につけるための合理的な順序でもあります。第7章のLED点滅による「検品」は、PCBAで量産した基板の受け入れ検査にもそのまま使えます。

9.2 「サブMCU」としての分散システム設計

単価数十円のCH32V003を、メインのコンピュータ(Raspberry PiやESP32など)の脇に置く「高機能なプログラマブル周辺LSI(サブMCU)」として使う設計思想です。

Raspberry PiのようなLinuxが動くコンピュータは、高度な処理(AI・画面描画・ネットワーク)に強い一方、マイクロ秒単位の正確なタイミング処理??多数のセンサーの常時監視、モーターやLEDの精密な駆動など??をさせると、OSの都合でタイミングが揺らいだり(ジッタ)、CPUを浪費したりします。そこで、こうしたリアルタイム性が要る「泥臭い仕事」を、安価なサブMCUに専任させる役割分担が有効になります。

【分散システムアーキテクチャ】
 [ メインSoC: Raspberry Pi / Linux ]  (上位制御・AI・描画)
          │
          │  (I2C / SPI / シリアル通信)
          ▼
 [ サブMCU: CH32V003 ]  (ハードウェア専従)
          ├── リアルタイムIO制御 (センサー常時監視)
          └── PWM (モーター・LEDのジッタレス駆動)

本講義で作ったボードは、まさにこの「サブMCU」の実験台として使えます。J1・J2に引き出した多数のGPIOを使えば、センサーやアクチュエータをつなぎ、メインのコンピュータと分担して働く小さな専門家に仕立てられます。

9.3 草の根ハードウェアに学ぶ「直接調達」の思想

優れた草の根ハードウェアプロジェクトの数々が示すのは、設計の美しさだけでなく、「今、市場で最も安く、最も手に入りやすい部品だけで回路を構成する」という徹底した現実主義です。仲介業者を介さず、KiCadから出力したBOMを直接ファブに投げ、在庫と連動してリアルタイムに見積もりを確定させる仕組みは、製造原価を限界まで引き下げます。

回路図をオープンにし、フットプリントを共通化し、格安マイコンを自在に使いこなす。この「KiCad ─ CH32V003」の知識が個人の手に渡ることこそが、外注に頼りきらず、自分たちの手で持続させるローカルなものづくり(地域DX)を支える土台になります。第2章で参照した実在のオープンソース基板たちも、まさにこの思想の実例でした。あなたの作った一枚も、公開すれば誰かの出発点になります。

本講義の修了にあたって
序章で示した「ものづくりが個人の手に渡る流れ」を、あなたは今、自分の手で一通り体験しました。部品を選び、回路図を描き、基板を設計し、発注し、はんだ付けし、検品する──設計から実物までを、組織や資本に頼りきらず往復できる。これは数十年前なら、大学や企業の研究室でしか到達できなかった地点です。

そして本講義は、あえて「完成データ」を配りませんでした。その代わり、あなたは早見表と指示書を頼りに、一つ一つ自分の手で組み上げました。渡された箱を眺めるより、自分で組んだ実感のほうが、ずっと深くあなたの力になっているはずです。次は、ここで得た土台の上に、あなた自身の課題??地域のIoT端末、オリジナルのガジェット、教育用の教材??を載せていってください。アイデアから実機までの距離は、もう、あなたの手の中にあります。
さらに先へ:応用編のご案内

基本形の一枚を作り終えたら、応用編で発展に挑戦できます。第2章で参照したような、USB機能や水晶発振子を載せたボードへと、この基本形を自分の手で拡張していく道筋を、シンボルと配線のレベルで解説します(別ページ「応用編:USB・水晶への発展」を参照)。基本を作れたあなたなら、きっと応用も作れます。