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← このコーナーの入口へ戻る 序章:導入と宣言

序章 いま、チップの世界でカンブリア爆発が起きている

このコーナーは、「いま、半導体(チップ)の世界で何が起きているのか」を、まったくの素人の方にも楽しんでいただくための読み物です。専門知識は要りません。コードも回路図も出てきません。出てくるのは、たとえ話と、「なぜそうなるのか → だからこうなる」という流れだけです。肩の力を抜いて、ゆっくり一緒に歩いていきましょう。

このコーナーの約束。 むずかしい言葉は、出てきたその場で必ずかみ砕きます。「CPUって何?」「ISAって何?」――そういう素朴な疑問こそ大切にします。分からないまま置いていく、ということは絶対にしません。だから、いま何ひとつ知らなくても大丈夫です。

序.1 あなたの一日は、すでにチップの上で動いている

朝、スマホのアラームで目を覚ます。電子レンジで牛乳を温める。電車の改札にカードをかざす。会社でパソコンを開く。車のブレーキを踏む。テレビをつける。――この一つひとつの裏側で、小さな半導体チップが、もくもくと働いています。いまや私たちの生活は、文字どおりチップの上に乗っていると言っても言い過ぎではありません。

そんな「縁の下の力持ち」であるチップの世界で、いま、ふだんは見えない大きな変化が起きています。しかも、ちょっとした変化ではありません。地球の生命の歴史でいう「カンブリア爆発」になぞらえたくなるほどの、地殻変動級のうねりです。

序.2 5億年前、生命に起きた「カンブリア爆発」とは

まず、その「カンブリア爆発」の話からします。いまから約5億4千万年前、地球の海で、生命の形(体のつくり)がごく短い期間に一気に多様化したと考えられている時期があります。それ以前の生き物が比較的単純だったのに対し、この時期を境に、目を持つもの、殻を持つもの、背骨の祖先にあたるもの……と、「体の設計図」のバリエーションが爆発的に増えたとされます。いまの動物たちの“原型”の多くが、このときに出そろったとも言われます。

※たとえとして使っています。 カンブリア爆発の原因や期間には諸説あり、研究で議論が続いている分野です。本コーナーでは、その学説の細部に立ち入るためではなく、「ある時期に、種類が一気に増える」という現象のイメージとして、この言葉をお借りしています。

序.3 いま、チップの世界で「同じこと」が起きている

なぜ、わざわざ生命の歴史を持ち出したのか。それは、いまチップの世界で起きていることが、まさにこの「種類の爆発的な多様化」だからです。引き金を引いたのは、ご想像のとおりAI(人工知能)です。AIが爆発的に普及し、世界中がその計算を支えるチップを欲しがった。その結果、チップの世界で3つの“爆発”が同時に進み始めました。

① 「種類」の爆発

これまで主役だった万能型のチップ(CPU)に加え、GPU・TPUといったAI向けの“専門職”、さらには原理のまったく違う量子チップや、生体を使うバイオチップまで。チップの“種”そのものが一気に増えています。

② 「設計できる人」の爆発

かつてチップ設計の“共通語”は、一部の大企業が握る持ち物でした。そこにRISC-V(リスク・ファイブ)という、誰でも無償で使える共通語が現れた。設計に挑める人の裾野が、世界中へ広がりつつあります。

③ 「つくり方」の爆発

トランジスタは平面から立体構造へ姿を変え、製造では「ハンコ(原版)」を彫らずに直接描くマスクレスの研究も進む。どう作るかの常識まで、揺らぎ始めています。

かつて「チップを作る」のは、数千万から数億円の費用と、巨大企業の設備と、ひと握りの専門家に閉じられた世界でした。その三重の壁――どんな種類を作るか、誰が設計できるか、どうやって製造するか――が、いま同時にぐらついている。だから「爆発」なのです。本コーナーは、この3つの爆発を、順番に、ていねいにほどいていきます。

序.4 このコーナーの歩き方

長い散歩になりますが、道筋ははっきりしています。「まず世界の広さを見て、次に“言葉”の話に降り、最後に“つくり方”と“未来”へ」という順で進みます。地図を先に広げておきましょう。

   このコーナーの道のり(予備知識ゼロ・コードなしで歩けます)
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   第1章  チップって何?            = いちばんの土台(スイッチの大群)
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   第2章  頭脳の“種”の爆発         = CPU/GPU/TPU、量子、バイオ(世界の広さ)
     │
   第3章  命令セット(ISA)        = ハードとソフトの“見えない契約”
   第4章  言葉には持ち主がいた     = x86とARMの帝国(なぜ「開く」が転機か)
   第5章  RISC-V                   = “言葉”を無償で開いた(※無料≠オープン)
     │
   第6章  トランジスタの立体化     =「2ナノ」は線幅じゃない(数字の種明かし)
   第7章  つくり方の革命           = ハンコを彫らずに描く(マスクレス)
     │
   第8章  最前線                   = AI、そしてフィジカルへ(ロボット・宇宙)
     │
   終章   広大なフロンティアへ     = だから、自分たちで作ってみることにした
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   ※ どの章からつまみ読みしても大丈夫。でも初めてなら、第1章から順にどうぞ。

序.5 なぜ、こんな読み物を作ったのか

最後に、書き手の動機を正直にお話しします。私は長く、技術と経営を取材してきた人間です。そして、成功や失敗の裏側では、さまざまな条件や要素、意思、環境、損得が複雑に絡み合い、当事者たちが選択を繰り返しながら進んできた――その経緯を、いくつも目の当たりにしてきました。だからこの「チップの爆発」を眺めていても、「すごい時代がやってきた」ことは間違いないと思う一方で、バラ色の未来が待っていると手放しで言うつもりはありません。この新しい環境条件を、私たちはどう生かしていけるのか。――その問いを、いつも手元に置いています。

そして、こうも思いました。新しい環境を本当に生かせるかどうかは、自分の手で実際にチップを作って試してみるのが早い。だから私は、それを実践できるように講座を作りました。このコーナーは、その「確かめてみよう」に至るまでの、世界の見取り図です。読み終えたとき、あなたの中にも「自分でもチップの世界に飛び込んでみたい」という小さな火が灯っていたら――それが、この長い散歩のいちばんのお土産になります。

さあ、出発しましょう。 次の第1章では、いちばんの土台から始めます。そもそも「チップ」とは、いったい何をする部品なのか。スマホの中で、いま何が起きているのか。「計算する小さな板」の正体を、一緒にのぞいてみましょう。