半導体設計民主化のための自作RISC-V SoC実践編

PicoRV32 と Wishbone で作る、フィジカルAI時代の実用オリジナルチップ

← 講義ポータルに戻る 実験並走記録 テープアウト

第13章 テープアウト ― LibreLane / OpenROAD でシリコンへ

前章で機能の正しさを固め、サインオフ前チェックリストを通しました。いよいよ、固めたRTLを"本物のシリコン"へ渡す番です。これがテープアウト――かつては数億円と大企業の設備を要した工程が、いまやオープンソースのEDAツールと、無料で公開されたPDK、そして低コストの相乗りシャトルによって、個人や小チームの手に届くようになりました。本章は、そのASIC化の本筋への入口を概観します。RTLからGDSIIへの自動フロー、製造前の物理サインオフ(DRC/LVS/STA)、そして「誰がどう作ってくれるのか」という、流動的で正直に語るべき現実までを扱います。

本章の留保(毎章の約束+"製造現実"の流動性)。 テープアウトに関わるツールの版・PDK・シャトル(製造の相乗り便)の提供状況・価格・締切は、とりわけ変動が速く、ときに提供元の存続そのものが揺れます(後述13.7)。本文では特定の便・価格・日程を断定しません。実際に提出する際は、必ず各ツール/PDK/シャトルの最新の公式情報を、その時点で確認してください([改訂マーカー:製造ルートの最新化])。

13.1 テープアウトとは ― RTLを、戻れない形へ

テープアウトとは、検証し終えた設計(RTL)を、製造用のレイアウトデータ(GDSII)に変換し、ファウンドリ(製造工場)へ送ることです。語源は、昔データを磁気テープで送り出した名残、とされます。第12章で「一発勝負」と言ったのはこの瞬間のため。送ったら戻れないからこそ、前章の徹底検証があったのです。本章は、その「送る」ための道具と段取りを見ます。

13.2 民主化を可能にした"三本柱"

個人がチップを作れるようになったのは、三つのものがすべてオープンに揃ったからです。どれが欠けても成立しません。

① オープンEDAツール

LibreLane(RTL→GDSの自動フロー)と、その心臓部で配置配線を担うOpenROAD。かつて高価な専用ツールが必要だった工程を、無償のOSSで回せる。

② オープンPDK

製造の"設計ルール集"が無償公開された。SkyWater sky130GlobalFoundries GF180IHP sg13g2(130nm)など。通常はNDAが要るPDKが、誰でも使える。

③ 低コストのMPWシャトル

多数の設計を1枚のウェハに相乗り(MPW)させ、費用を分け合う。Tiny Tapeoutのように、数千円〜の規模で実シリコンに手が届く便がある、とされる。

※sky130とは(参考)。 Googleが米SkyWater社と公開した130nmのオープンPDK。最先端ではないものの、「誰でも使える製造ルール」が公開された意義は極めて大きく、個人ASICの扉を開いた、とされます。GF180(180nm)やIHP(130nm)も同様にオープンPDKとして使われています。

13.3 LibreLane と OpenROAD ― RTLを自動でGDSへ

LibreLane(かつて OpenLane と呼ばれた流れをくむ、とされる)は、RTLを入れるとGDSIIが出てくる自動化フローです。その内部で、配置配線という最も重い処理を担うのがOpenROAD。利用者は、設計名やクロック目標などを設定ファイルで与えると、フローが各工程を順に流してくれます。

 LibreLane が束ねる RTL→GDSII フロー(概観)
 ───────────────────────────────────────────────────────────────
   RTL(検証済み・第12章) + 設定(設計名/クロック周期/面積 など)
        ↓  論理合成(RTL → 標準セルのネットリスト)
        ↓  フロアプラン(チップの外形・電源・配置の枠を決める)
        ↓  配置(セルを並べる)          ┐
        ↓  クロックツリー合成(CTS)      │ ← この辺りを OpenROAD が担う
        ↓  配線(セル間を金属で結ぶ)     ┘
        ↓  各種チェック → GDSII(製造用レイアウト)
 ───────────────────────────────────────────────────────────────
   ※ 合成は yosys、検証系は magic/klayout/netgen 等、複数のOSSをフローが呼ぶ、とされる。

※LibreLane は奥が深い(範囲の断り)。 設定の詰め方、面積とタイミングのトレードオフ、各工程の調整は、それ自体が一つの大きな主題です。本章はSoC実践編の"入口"として全体像を示すに留め、深い実務は専用の学習(LibreLane に特化した教材や公式ドキュメント)に委ねます。

13.4 サインオフ:DRC / LVS / STA ― 物理の最終チェック

第12章の検証は「論理として正しいか(機能)」でした。テープアウトでは、それに加えて「物理として作れるか・図面どおりか・速度が出るか」を確かめます。これがサインオフの三点セットです。

DRC(デザインルールチェック)

レイアウトが製造ルールを破っていないか(配線が近すぎる等)。守れていないと、そもそも作れない。

LVS(レイアウト対回路)

出来上がったレイアウトが、元の回路(ネットリスト)と一致しているか。配線ミスで別物になっていないかの照合。

STA(静的タイミング解析)

狙ったクロックでタイミングが成立するか(信号が間に合うか)。間に合わなければ周波数を下げるか設計を直す。

これらは多くがフローに組み込まれていますが、"通った"の意味を理解して読むことが大切です。第12章の機能サインオフに、この物理サインオフが積み重なって、初めて「送ってよい」状態になります。

13.5 シャトル(MPW)で安く出す ― 相乗りという発明

個人がチップを安く作れる鍵が、MPW(Multi-Project Wafer=多プロジェクト相乗り)です。1枚の高価なウェハに多数の設計を一緒に載せて製造し、費用を分け合う。とりわけTiny Tapeoutは、各設計を小さな"タイル"に区切ってさらに多人数を相乗りさせ、一人あたりの費用を劇的に下げた、とされます。

 MPW(相乗り)の考え方
 ───────────────────────────────────────────────────────────────
   1枚のウェハ = とても高価
        ↓ 1人で1枚は無理
   多数の設計を1枚に相乗り(MPW)→ 費用を頭割り
        ↓ さらに細かく
   Tiny Tapeout:1設計を小さなタイルに → 数百人規模で相乗り → 一人数千円〜(とされる)
 ───────────────────────────────────────────────────────────────
   ※ 受け取りは専用のデモ基板+ブレイクアウト基板で扱う形が用意される、とされる。

13.6 【正直な現状】民主化のインフラは、強い。だが、もろい

ここは、本講座が誠実でありたい場面です。三本柱のうち、①オープンEDA(LibreLane/OpenROAD)と②オープンPDK(sky130/GF180/IHP)は、すでに定着した堅い土台です。一方で、③製造を実際に担うシャトルの提供体制は、変動が大きい。事実、2025年には、オープンシリコンの草分けで多くの個人テープアウトとTiny Tapeoutの製造を支えてきた Efabless(chipIgnite)が、資金難で運営を停止しました。これは、製造という資本集約的で、誰かが担い続けねばならない層の脆さを露わにしました。

※それでも、止まらなかった(著者の考察)。 重要なのは、その後コミュニティと公的な支えで製造ルートが組み直されたことです。Tiny Tapeout は、IHP(ドイツの研究機関)の130nm や GlobalFoundries の GF180 など複数のオープンPDKへ製造を広げ、SwissChips のような取り組みや公的資金の後押しで、2026年も複数の便が動いている、とされます。ここに民主化の構造が見えます――「設計の自由(ツールとPDK)」はオープン化で堅牢になったが、「製造の現実」は、なお少数の担い手と資金に依存する、もろい層だ、ということ。誰がこの層を支え続けるのか。これは技術の問いであると同時に、社会の問いです。だからこそ、提出前には必ず現在の提供状況を一次情報で確認してください(特定の便・存続を本文で断定しないのは、このためです)。
発展:それでも「個人テープアウト」は現実になった

体制の揺れはありつつも、個人が独力で自分のASICを設計し、テープアウトするという、数年前なら夢物語だったことが、実際に各地で起きています。オープンPDKとオープンEDA、そして相乗りシャトルが噛み合えば、巨大資本がなくてもシリコンに手が届く。この扉が開いていること自体が、本講座の旗印「半導体設計の民主化」の、最も力強い証拠です。扉が開き続けるかは、私たち利用者・支援者の関わり方にもかかっています。

13.7 我々のSoCを、どう載せるか

最後に、ここまで作ってきた自作SoCを、現実的にどうテープアウトへ運ぶかの設計判断です。正直に言えば、五感・運動・映像まで盛り込んだフル構成を、いきなり小さなタイルに載せるのは無理があります(面積・規模の制約)。だから段取りはこうです。

13.8 提出前チェック(物理サインオフ+シャトルの作法)

 テープアウト提出前チェック(第12章の機能サインオフに積み増す)
 ───────────────────────────────────────────────────────────────
   □ 機能サインオフ済み(第12章のチェックリストを通過)
   □ 物理サインオフ:DRC クリーン/LVS 一致/STA 目標クロックで成立
   □ ターゲットPDKを確定(sky130 / GF180 / IHP … 便に合わせる)
   □ 面積・タイル数・ピン制約が、選んだ便の枠に収まる
   □ クロック目標を現実的に(無理なら下げる。動くことが最優先)
   □ 提出フォーマット・締切・作法を、選んだシャトルの最新公式で確認
   □ 受け取り後の評価手段(基板・治具)の見通し(次章・終章)
 ───────────────────────────────────────────────────────────────
   ※ ツール版・PDK・便はすべて [改訂マーカー]。提出時点の公式が最終。

13.9 この章のまとめ

設計を、シリコンへ送り出す道筋ができました。けれど、チップは数ヶ月後に"部品"として届きます――そのままでは使えません。次章は、届いた実チップを動かすための基板(PCB)を、KiCadで設計します。外部Flash・RAM・水晶・電源・各種コネクタを載せ、実用ボードとして完成させる――本講座のゴール、第14章:基板化(PCB・KiCad)です。